2007年に読んだ100冊...音盤日記読書録より

1月******************************************

小川洋子『海』
 『海』は短編集で、「博士の愛した数式」を連想させる「ガイド」、そして謎の活字管理人が非常に気になる「バタフライ和文タイプ事務所」が特に良かった。

『AERA ニッポンのマンガ』
 『...ニッポンのマンガ』は手塚治虫文化賞10周年記念として大賞受賞作家の浦沢直樹、高野文子、吾妻ひでおなどヨダレの出そうな描き下ろし作品はじめ、爆笑「しりあがり寿vs西原理恵子、画力対決7番勝負!」など、漫画好きにはたまらない内容です

川上弘美『真鶴』
 またまた装幀が素敵。「真鶴」は女性の名前かと思っていましたら、あの熱海の手前の「真鶴」のことでした。川上調ですね〜。文体のなまめかしさは格別。妖しく不思議で深〜いお話しでした。

雨宮処凛『バンギャル ア ゴーゴー』
 下巻。こんな時にまったくそぐわない本だけど、父の事故前に読みだしたから。こんな時だからなかなか進まないんだけど、面白い本です。バンギャル=昔ならグルービーだよね。思春期から青年期にかけての親との価値観の衝突って俺にもよくわかるな。
 雨宮処凛『バンギャル ア ゴーゴー』上下巻ようやく読了。'90年代、Xに代表されるビジュアル系バンドのおっかけ少女=バンギャルの実録物語って感じ。ブレーキなしの底抜け感にクラクラした。自身をこんなにも傷つけてしまう彼女達が切なく感じました。が、彼女達は元気に立ち直りそうです。若いからね。面白い物語だけど、上下2巻は長すぎるんじゃないかな?あと、ロックに思い入れのない人にはつまらないかも。

北方謙三『水滸伝 四』
 武松を従え旅を続ける宋江。官の諜報機関「青蓮寺」と悩める幹部李富。ついに林沖の騎馬隊も出撃。まだまだこれからだね。なんせ全19巻!

2月*******************************************

サン=テグジュペリ『夜間飛行』
 航空郵便飛行会社の夜間飛行開拓期のお話しというか叙事詩。詩的なロマンが行間から漂います。堀口大學先生のロマンも感じられます。南米最南端の辺境パタゴニアなんかを、実際にフランス人達は飛んでいたんだそうですよ。俺なんかとは精神構造が違いすぎる。とほほです。

松本大洋『竹光侍』『鉄コン筋クリート All in One』
 『竹光侍』は江戸の長屋住まいの浪人瀬能宗一郎が主人公。「剣の腕は立つが素頓狂」と帯にあり、そのとおりです(笑)。漫画の線にベン・シャーンをみたり眼にモディリアーニがみえたりで、勝手に喜んでいます。有名な『鉄コン筋クリート』は初めて読みました。最強のストリート・キッズ、シロとクロ。脇役もキャラ立ち見事。作風のまったく異なる松本大洋の2作品。久しぶりに漫画で腹くっちぇ(笑)。

綾辻行人作、佐々木倫子画『月館の殺人』上下巻
 また漫画読んじゃったよ。鉄道マニア連続殺人事件ミステリーでとても面白かった。登場人物の姓はすべて国鉄(古いw)の駅や路線名からとられているそうで、まあなんともテツ(鉄道ファン)な漫画なのでありました。けっこう笑えます。

熊谷達也『邂逅の森』
 秋田マタギは古くは信州秋山郷まで猟に来ていて、そこに住み着いた人達が秋山郷にマタギの習俗を残した、という話しは我が町の郷土読本で読んだ気がする。だからマタギの話しはちょっと身近です。村の俗、山の聖、この対比が物語りにダイナミズムを与えています。「女」と「熊」の物語といっちゃあ怒られるかな(笑)。素晴らしかった!

高橋克彦『天を衝く 1』
 『火怨』『炎立つ』に続く奥州みちのく3部作の最終章です。蝦夷の誇りを貫いたアテルイに滅びの美学を見たのは『火怨』。この骨太な歴史小説に感心していたので読み始めた『天を衝く』全3巻。「北の鬼」九戸政実が一族郎党を率いて東北の地を駆け巡るお話しなんだけど、その権謀術数に読んでるこっちが「策に溺れる」ようなでイマイチ。もっと爽快な戦国武者物語かと思っていたんだけどね。後続2巻に期待しよう。

恩田陸『中庭の出来事』
 思わせぶりが過ぎて退屈だった。入れ子構造の物語なんだよね。う〜ん...俺には合わなかった。

3月感想文*************************************** 

永井するみ『ダブル』
 以前読んだ『唇のあとに続くすべてのこと』が良かった期待の作家。この『ダブル』も巧いよ。ぐいっと引き込まれた。スリルとサスペンス、恐いお話しなんだよね。ひとは誰でも心の内に小さな鬼を棲まわせていて、その鬼の飼い方を間違えると...おお恐い恐い。

北方謙三『水滸伝 五』
 俄然物語りがめらめらと燃え始めた。豹子頭林冲率いる騎馬隊がかっこいい!そして青面獣楊志が凄い!でもねここで楊志が退場!?これにはびっくり。呼延灼との一騎打ちはどうなるの?まあいいか、これはこれで面白いんだから。北方水滸伝我が道を行くだね。

垣根涼介『ヒートアイランド』
 悪漢小説でしたね。舞台は渋谷の街。ストリート・ギャング(チーマー)vs暴力団vs泥棒コンビの三つ巴戦。この泥棒コンビが策に窮してビルの4階から飛び降りるシーンが可笑しかった。ルパン3世みたいで(笑)。面白かったけど不満をあげれば、女がほとんど登場しないとこかな。

田辺イエロウ『結界師』
 はまってます。安倍晴明も使う「式神」ですが、本人になりすまし日常の色んな用を足してくれるのです。娘も俺も「ああ〜式神が欲し〜い。代わりに学校へ行かせて、代わりに店番やらせて、家族でTDR三昧だ〜」とか妄想して楽しんでおります。

ドナルド・ゴインズ『ブラック・デトロイト』
 '50〜'60年代デトロイトの黒人街を舞台にした若きポン引きホーサン・ジョーンズの物語。所謂ワルいヤツのお話。それがクールなタッチとスピード感溢れる文体(というかセリフ)のせいなのか不思議と爽快感がある。ファンキーな文学とはこれか!

森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』
 「むん」という語感に心が弾みましたよ。ヒロインが「むんと胸を張り」とか「むんと元気を取り戻し」とかの「むん」なんだけど(笑)。『鴨川ホルモー』ってケッタイな小説も京都が舞台で大学生があばれるお話しだったけど、この『夜は...』も京都と大学生のケッタイなお話。古都京都には奇想天外を呼び込む怪しい磁力があるのかな。

永井するみ『欲しい』
 永井するみ、良いです!巧いです。前作同様 " 人は見かけに寄らないぞ " 小説です。情愛&ミステリーを話しの衣に、内側には人間の二面性。甘いアンコには気を付けて...みたいな(笑)

北方謙三『水滸伝 六』
 なにしろ梁山泊に集う108人もの豪傑物語だから毎回ニューフェイスが登場する。今回はついに青州軍将軍秦明と副将花栄と黄信が梁山泊に参加。宋江は相変わらず武松と李キを助さん格さんのように従えで諸国廻り。そしてその宋江一行に絶体絶命のピンチが...。ああ早く続きが読みたい。

4月*******************************************

絲山秋子『エスケイプ/アブセント』
 う〜ん、なんだろうな。エスケイプでアブセントな双子兄弟の話し。「帰れないふたり」な感じもあり。特に惹かれる物語ではなかった。ギタリスト、故ロバート・クインが大好きというセンス(おそらく絲山さんの)には感心しました。

永井するみ『天使などいない』
 ミステリー風短編集でした。夫として恋人として男性は登場するけど、女性の視点で女性を見つめた作品集だと思う。書かれているのは女の底意地といったらいいのかな?

レイモンド・チャンドラー/村上春樹訳『ロング・グッドバイ』
 もちろん村上春樹による新訳版。旧訳はもちろん『長いお別れ』として有名な清水俊二訳。チャンドラーは20代の頃に熱中した作家です。トレンチコートにソフト帽のフィリップ・マーロウが渋くキャメルをふかしているってイメージ、このハードボイルド探偵のイメージも清水訳のマーロウとそしてもちろんハンフリー・ボガードによって決定づけられていました。さてそこで30年ぶりに読んだ新訳村上版『ロング・グッドバイ』です。え〜っ!?と感じるくらい長かったです。読んだ感じ『長いお別れ』の3倍は長い(笑)。しかもハードボイルド探偵小説というよりは『グレート・ギャッツビー』のような都会小説。村上さんも巻末90ページもの解説でフィッツジェラルドとの関連に触れていて、それでピンときたのですが。でどうだったかと言えば、とても面白かった。ストーリーはもちろんのこと文章自体も味わい楽しむ、そんな読書でした。結論(笑)、清水マーロウも村上マーロウもどちらも素晴らしい。一粒で二度目も美味しいチャンドラーでした。ぱちぱちぱち。

角田光代『薄闇シルエット』
 「な、気づいた?あんたやおれの話しって、したくないってことでしか構成されてないんだよ。.....したくないって言い続けていたら、そこにいるだけ。その場で駄々こね続けるだけ」と別れた彼氏に言われちゃってる37歳のハナちゃんが俺は好きだなあ。同類だから(笑)。

北方謙三『水滸伝 七』
 関勝や一丈青も登場。そして祝家荘。むか〜しに読んだ記憶がてんてんと甦るのだが...はたして。あ〜また肝心なとこで...。早く続きが読みたい!

5月******************************************* 

ジェス・ウォルター『市民ヴィンス』
 主人公ヴィンスは被害妄想な小悪党。この被害妄想にはワケがある。取り巻く悪党達のユーモラスな意気の良さはエルモア・レナードを思わせる。他登場人物達のキャラ立ちも良い。原題は『CITIZEN VINCE』でこの" 市民 " がこの物語のキモかもね(笑)。「証人保護プログラム」というシステムのことを少しだけ知りました。面白かった。

『ミステリマガジン』レイモンド・チャンドラー
 2篇の短編新訳「待っている」「ヌーン街で拾ったもの」は共にマーロウ物じゃないけれど、鋭い観察者チャンドラーの繊細な描写は相変わらず。でもそうとうにクドい村上版チャンドラーを読んだ後だから、こちら2篇の短編があっさり味に感じられました。

桜庭一樹の『赤朽葉家の伝説』
 面白いよ。ずっと前に読んだ坂東真砂子『道祖土家の猿嫁』にちょっと似てるかも。といってもまだ三分の一しか読んでないんだけど。
 桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』読了。物語は昭和28年に始まる。だから伝説といっても昔話ではない。舞台は山陰鳥取の紅緑村。万葉は"山の民"に置き去られた少女だったが、後に地元有数の富豪で旧家赤朽葉家の嫁となる。物語はこの「千里眼奥様」万葉とその長女で「猛女」の毛鞠、そして毛鞠の娘瞳子、この赤朽葉家三代クロニクルな感じ。とても面白い話しなので、いっそ年代記ではなく万葉と黒菱みどりとの奇妙な友情で一冊、毛鞠と寝取りの百夜で一冊と、それぞれをよりズームアップした物語を読みたい気になった。もひとつ読んでいて感じたのは、これは映画というよりアニメをイメージしてしまう物語だなってこと。これって新しい世代の感性なのかな。

盛田隆二『ラスト・ワルツ』
 盛田は前から好きな作家だったので本屋さんにあったこの文庫本を期待を込めて買って読んでみました。これは彼の処女作であり私小説なのだそうです。どうも読んでいてツラかったですね。アルコールとドラッグで堕ちていくシュールな描写など、読んでいて楽しくはなかった。盛田のあとがきにあるけど、最初に「私」を出して失敗する覚悟でこの小説を書いたとのことだ。まあいいさ、'73年新宿のアノ堕ちたくなる感じは俺にも少しはわかるから。

エマニュエル・ボーヴ『ぼくのともだち』
 友達作りに失敗し続けるお話しなんですね。主人公の妄想ぶりが悲しくて可笑しい、なんかチャップリンの映画のシーンを思い出しました。

北方謙三『水滸伝 八』
 どんどん面白くなるなあ。19巻まで一挙怒濤に読みたいものだが、まあ月イチでも楽しみがより持続していいかもね。

6月*******************************************

ローリー・リン・ドラモンド『あなたに不利な証拠として』
 昨年ミステリ・ファンのあいだで話題となった(らしい)小説です。が、これはミステリとか探偵・警察小説の重要な要素である謎解きや犯人逮捕を中心に据えた小説ではなくて、TVドラマ『ER』のような感じの職場・現場小説なんですね。一件落着の無い、仕事は続くよどこまでも〜の警察ドラマでした。そして短編各章のヒロインはそんなハードな業務をこなす女性警察官。けっきょくラストまでノレなかった小説でした。

福井晴敏『6ステイン』
 解説のあさのあつこさん程には感動がなかった。『亡国のイージス』『終戦のローレライ』といったスケールの大きな骨太小説で有名な剛腕福井の短編集。防衛庁情報局、いわば国内の秘密諜報機関で働く人々の暗闘とそれぞれの苦悩を語る六つの短編。6篇の中では女性を中心に据えた3篇が良かった。

宮下奈都『スコーレNo.4』
 道具屋三姉妹の長女麻子の成長物語。帯に " 人生には、4つの小さな学校(スコーレ)がある。家族、恋愛、仕事、そして..." ...まあそんなお話し。〜「あのさ、昔から思ってたんだけど、朝目が覚めたときに聴きたい曲が決まってると、その日は一日いい日になる気がする」〜なんて言う茅野君はちょっと出来過ぎキャラだと思うな。キャラといえば麻子の家族がそれぞれに良くて、家族ひとりひとりを主人公にした連作短編家族小説を読んでみたいと思わせる程に素敵な小説でした。はい。

永井するみ『カカオ80%の夏』
 中年恋愛小説の旗手(じゃないとは思うけど、笑)永井するみによる青春ミステリー。彼女の『唇のあとに続くすべてのこと』に凄くよろめいてしまったので、以来永井作品がそこにあるとつい読んでしまいます。今回の新作は青春物でこれまた巧い。ライト・ミステリーで絶妙の軽さです。少女達の生き生きとした描写も良いし、母親や周りの大人達そして老人達まで描き方が鮮やかでその観察眼の確かさはお見事。

『高田渡読本』
 内容のほとんどに追悼の意が込められているのでシミジミと読んでしまった。シンガーとして最初期からの付き合いの遠藤賢司は「高田渡は本当に優しくて..いい奴だった。そして酒を飲まなきゃ..凄い歌手だった。」と記し。渡の一人息子の漣は「親父は最後まで僕と一緒に暮らせなかったことをすまないと思っていたんですよ。僕はむしろ反対で、心の底から一緒にいなくて良かったと思うんです。...一緒にいたら、たぶん自分は音楽をやらなかっただろう、と。...たまに会うからよかった...高田渡は気遣いの人、子供に対してまでもね。それで疲れ果ててしまった人なんです。」と記す。映画『タカダワタル的』の中で俳優柄本明が、高田渡は欲がないようなことを言われるがそうじゃない。他の人達と欲の場所が違うのだ。みたいなことを話していた。たしかにこの世の中、ありきたりな欲に縛り付けられた不自由な人達でいっぱいだ。俺もふくめて。

7月*******************************************

ボリス・アクーニン『リヴァイアサン号殺人事件』
 舞台が19世紀末ってことでヴィンテージ・ミステリーの趣がありますが、でも作風になにか新しさも感じさせるミステリーでした。作者のボリス・アクーニンはロシアの人気作家で'56年生まれ。俺と同い年。このアクーニンという作家はもともと日本文学者であり日本の文化にも精通しているんだとか。アクーニンというペンネームは日本語の「悪人」からとったそうだ。いやとにかく面白かった。

松本大洋『竹光侍 二』
 凄い絵だなあと毎度感嘆。刀の國房がひよひよひよと笑い、また次回。ははは楽しみ楽しみ。

川上弘美『ニシノユキヒコの恋と冒険』
 究極の女たらしニシノ君の14歳から50代中頃の亡くなるまでを、彼とつきあった10人の女性による10篇の短編小説集。読み終わって気づくのは、ニシノ君は " 究極の都合の良い腹八分目男 " だったんじゃないか?ということ。女達は冷静にニシノ君との距離や愛の深さを測っていたりするのに比べ、ニシノ君は愛そのものの在処がわからず苦しみながらも、二股三股(もっと?)をかけて恋愛を重ねる。葬式のあと彼女同士がはち合わせ、「西野を愛するのは、せんないことだったけど、楽しいことでもあったからね。甲斐のある苦役だったわよ」と言われたりする。素敵な恋愛小説でしたよ。

北方謙三『水滸伝 九』
 豹子頭林冲危機一髪。首領晁蓋自ら騎馬隊を率いて出陣。敵方青蓮寺もさらに強力に。物語の強力な推進力に乗せられっぱなし。次巻はいよいよ連環馬の呼延灼将軍登場か!?

佐藤友哉『1000の小説とバックベアード』
 作者から放たれるイメージの流れに付き合わされ振り回された感じで、小説として好みじゃないし楽しくなかった。まあ俺には合わなかったということです。

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで Never Let Me Go』
 あまりに良い小説を読むと感想とかなにも書きたくなくなるね。もったいなくて...。静かにしかし確実に身体に入り込んで来る小説でした。イギリスの寄宿学校で学び暮らす少年少女達の物語と思い読み始めました。でも様子が違うことに気づいて来ます。ミステリーでありSFでありそして人間そのものを見つめざるをえない小説です。彼女達の運命を知った時から、その切実な一刻一刻に寄り添わねばなりません。読み終えたばかりでまだ呆然と遠くを眺めています。

北方謙三『水滸伝 十』
 ついに呼延灼軍との戦い、連環馬も出てきましたね。しかし梁山泊、組織も大きくなり内部に苦悩も見えてくる頃かな。敵方青蓮寺も汚いこと考えてるしなあ。物語も半分終わりましたか。

大沢在昌『砂の狩人』上下巻
 『新宿鮫』の近作でも感じたんだけど、これもくどいね。言い訳がましい感じで、そのせいで物語が長ったらしい。だからといってツマラナイわけじゃないんだけどね。

藤沢周平『漆の実のみのる国』上巻
 貧窮にあえぐ米沢藩の財政再建に乗り出した上杉鷹山のお話し。再建は思うように進まず、その成果が出たのは鷹山の後々の代になってからだったという史実は知っているものの、後世名君と讃えられた鷹山と重臣達の志の高さに触れてみたいと思います。

8月******************************************* 

藤沢周平『漆の実のみのる国』下巻
 もう貧乏すぎてどうにもならない米沢藩の財政再建に苦闘する上杉鷹山と重臣達の物語。これが会社なら破産倒産だけど、一国となるとそれも儘成らず、読んでいて辛くなる場面もあります。重責から逃げ出すこともできず10年後20年後の再生を夢見る男達。時代活劇モノでも人情モノでも感動モノでもなく、静かな語りモノです。不屈モノ小説なのかなあ。これは藤沢周平が病と闘いながら書いた最後の作品だそうです。

栗田有起『お縫い子テルミー』
 東シナ海の荒波うち寄せる島で育ったテルミーこと鈴木照美。学校へまったく行かなかったテルミーは15歳で独り立ち。向かった先は新宿歌舞伎町。特技は裁縫で名刺には「一針入魂 お縫い子テルミー」。ガウチョの歌を口ずさみながら、流しのお縫い子としてキリッと前を向いて生きている。2篇目は『ABARE・DAICO』...小学校5年生二人が組んだユニットは「ABARE・DAICO」。で、何をしたかって言うと " ピンポンうんこ " ...(笑)。乾いたメルヘンとも言える物語2篇、共感を覚えながらも、ちがう世界の事を思いました。

小和田哲男『戦国の城』
 天守や櫓、満々と水をたたえた掘と石垣、そんな近世の城とは違う戦国の城とは!?小高い山や丘の上の土塁と空掘とそれらに囲まれた削平地としての曲輪。今では人に知られず跡を残す土の城、これが戦国の城。うちの周りの山にもこんな跡があるんじゃないかと気にかかる、そんなちょっとしたロマンを憶えました。

宮木あや子『花宵道中』
 江戸吉原の遊女達を描く凛とした官能小説。お見事です!哀しみが通奏低音として流れている、けどカラっとキレイな輪郭で描かれた遊女達の様に親しみと愛おしさを憶えました。読み終わり、ため息が...。巧い!本作は「女による女にためのR-18文学賞」大賞作品です。男もこぞって読みなさい!

山本幸久『美晴さんランナウェイ』
 面白ほのぼの家庭小説であった。美晴さんたら日本酒が無いからってジャックダニエルでたまご酒作っちゃうんだから、しかもそれを中学生の姪っ子に飲ませちゃった(あらあらw)。ともあれ、逃げてないよ...追いかけてるの...。人生これからって人はいいなあ、とか(笑)。うちの美春さんもがんばれ!(笑)

星野伸一『万寿子さんの庭』
 78歳の万寿子さんと20歳の京子さんの女友達付き合いが素敵です。そして物語後半、万寿子さんの老いと向き合う場面にも清々しさを感じました。とても良い物語でした。

恩田陸『まひるの月を追いかけて』
 いつもながらミステリィ、ファンタジィ、ホラーが物語の背景にうごめいています。で、そのどれでもない(笑)。読みながら物語以上に惹かれたものが何かと言えば、舞台となった大和路。のんびり旅がしてみたいなあ。

小路幸也『シー・ラブズ・ユー』
 『東京バンドワゴン』待望の続編です。東京下町の古書店を舞台にした大家族小説、ホームドラマ。プチ・ミステリィだったりで相変わらず面白い。美男美女がいてキャラ立ちの良い登場人物だらけで、きっと近い内にテレビ・ドラマ化されるよ。続々編期待してます。あの大物女優さんが...なんてことに。ふふふ...。

北方謙三『水滸伝 十一』
 そーかあ、大変なことになってきたなあ(...秘密)、わかっていた事だけど。物語はここから後半へと折り返しかな。敵方の禁軍将軍の趙安と老刺客史文恭、この二人が今回は印象的(悪役は魅力的でなきゃあね)。

グレゴリ青山『ブンブン堂のグレちゃん』
 ふちふなの渕上さん推薦の本です。エッセイかナニかと思っていたらマンガだった。よかった〜(笑)。グレちゃんも店長さんもラタラタさんも可笑しいね。ここは田舎だからブンブン堂があるような古書店が肩寄せ合う街が羨ましいなあ。遊びにいきて〜。

宮部みゆき『楽園 下巻』
 
読み終えました。最後の最後でちょっと涙ぐみました。感想は後ほど。

9月*******************************************

宮部みゆき『楽園 上下巻』
 『模倣犯』の前畑滋子が再び登場。宮部みゆきは大好きな作家ですが『模倣犯』は好きになれなかった。あの救いの無さが辛かったのを思い出す。比べて『楽園』に救いはあったかなかったか?救いはどこにあるのかを読みながら考え続けた。そして最後の場面のあの再会は温かかった。

友部正人『ジュークボックスに住む詩人2』
 
友部さんの音楽エッセイ集が届いたのでパラパラと拾い読み。ふちがみとふなとのトコで、「..ミュージシャンは暇なとき、散歩と旅行をしていればそれでいいような気もする。目で見る景色は音だから。」と書いています。散歩と旅行が好きなのは、ふちふなさんも友部さんも一緒ですね。

スコット・フィッツジェラルド/村上春樹訳『グレート・ギャッツビー』
 憂いを秘めてほのかに甘く...流麗な文章を存分に堪能。この前読んだ村上訳のチャンドラー『ロング・グッドバイ』みたいな新鮮な驚きは無かったけど、フィッツジェラルドと村上の親和性を強く感じた。第1章でニックが初めてギャッツビーを目にした場面「 彼ははっとさせられるようなしぐさで、両手を暗い海に向けて差し出した。...彼の身体が小刻みに震えていることがはっきりと見て取れた。僕は思わず、伸ばされた腕の先にある海上に目をやった。そこには緑の灯火がひとつ見えるきりだった」とあり、 そして最終章の終わりに「ギャッツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。明日はもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう」 。緑の灯火とは "むくわれない愛 " 。ギャッツビーの呼びかける時の口癖「.....オールド・スポート」に哀しみを憶える。

ローレンス・ブロック『快盗タナーは眠らない』
 ドタバタ冒険ミステリイ小説でした。有名なシリーズ、酔いどれ探偵マット・スカダー物に比べたら軽いノリです。スカダー・シリーズが始まる10年前の'66年に書かれたのがこの作品。トルコ〜アイルランド〜スペイン〜フランス〜イタリア〜旧ユーゴ〜ブルガリア〜トルコ〜レバノンと非合法な出入国を繰り返し、本人は隠された金貨めあてのトレジャー・ハンターのつもりが、いつのまにやら国際的な秘密工作員と勘違いされてしまい...、てなお話しでした。

ポール・オースター『ガラスの街』(柴田元幸訳)雑誌Coyote掲載
 じつはこの『シティ・オブ・グラス』、以前文庫本で読んでました。訳者は違います。内容はまったく憶えていません。きっとその時は面白くなかったんですね。オースターはこっれきりでした。今思うにあの頃『シティ・オブ・グラス』は本好きの間でちょっと話題となっていました。そして俺はある紹介文からこれを探偵小説だと思い買って読んだわけです。勘違い(笑)。たしか10年以上前だったはずです。そして改めて読もうと思ったのは訳者が柴田元幸だし、掲載されていた雑誌の感じが良かったせいですね。さて読み終わって、なにか気になる読後感(笑)。物語の幕が閉じられていないせいかな。気になったので何カ所か読み直してみたりして。物語の初めのとこにこうあります「問題は物語それ自体であり、物語に何か意味があるかどうかは、物語の語るべきところではない。」と。

柴田哲孝『下山事件 最後の証言』
 下山事件というのは、まだGHQ占領下であった昭和24年7月5日、初代国鉄総裁下山定則が日本橋三越南口で消息を絶ち、翌6日未明国鉄常磐線北千住駅と綾瀬駅の中間地点線路上に礫死体となって発見された事件。自殺他殺が明らかにされぬまま捜査打ち切り迷宮入りとなった謎の事件でした。ノンフィクションですが良くできた犯罪謀略小説のように面白かったし興味深かった。GHQ(米国)→右翼→自民党という影響力行使の流れって黒い霧のように知らされていたことなんだけど、ここまで具体的だと改めてびっくりする。「日本金銀運営会」とかね。戦時中に国民に供出させた金銀宝石を、戦中戦後と面白いように使い利用した男達がいたそうだ。吉田・岸内閣の政治資金となったりと。何処に真実があるかは判らないけど(悪の)バイタリティは存分に感じました。

西山太吉『沖縄密約』
 '72年沖縄返還協定において米国が日本に自発的に支払うと記された400万ドルが、じつは日本が肩代わりするという密約が交わされていたという、これが沖縄密約。じつはもっと多くの密約があったのだが。この密約に深く関わったのが当時の首相佐藤栄作と党幹事長福田赳夫。まあね、いやな話しばっかで読むんだら気が滅入ったけど、こうした密約を生む土壌は日本の上位下達の政治風土にあると書いた作者と同じことを俺も思っている。今でも日本国民の血税がアメリカの戦争のために使われていると思うと、政治とか政治家とかは必要悪なんだと諦めるしかないのかな。

祝!『20世紀少年〜21世紀少年』完結
 〜 読者のみなさんと駆け抜けた 科学で冒険の日々は 永遠に....浦沢直樹。
子供の頃、森の中に秘密基地を作ったり○○団とかの秘密結社(笑)を作って遊んでいた、もちろんロボットの操縦にも憧れた俺達20世紀少年を勝手に代表して浦沢直樹氏にお礼を申し上げまする。さよならケンジ達。ほんと俺達ってランニングに半ズボンだったよなあ。

瀬尾まいこ『卵の緒』
 食卓を幸せの磁場として、それを囲む人達を温かく描く食卓小説は瀬尾まいこの得意技だと思っていて、その食卓描写が大好きな私である。このデビュー作はすでに食卓小説だったんですね。とても良いお話しでした。「食欲のある男の子は三割はハンサムに見えるのよ」というお母さんが気に入った。

10月****************************************** 

宇江佐真理『卵のふわふわ』
 副題「八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし」。主人公は八丁堀同心の妻で、その舅が腹空かせの食べ物好き。なので各章の題が「秘伝 黄身返し卵」とか「美艶 淡雪豆腐」そして「安堵 卵のふわふわ」など食べ物の名前です。でも美食小説ではありません。食べ物も質素です。捕り物付き江戸人情家族小説でしょうかね。

絲山秋子『逃亡くそたわけ』
 博多の精神病院を脱走した21歳の女花ちゃんと24歳の男なごやん2人組のまさにロード・ムービー。乗ってる車が " 広島のメルセデス " マツダ・ルーチェ(笑)。病気を抱えての逃亡しているわけだから切なさ怖さも当然漂ってるんだけど、どこかあっけらかんと笑えてしまうのは九州が舞台だからか?全編主人公の博多弁がびゅんびゅん飛んでくる。新潟弁や東北弁じゃこうは行かないね。面白かった〜。

北方謙三『水滸伝 十二』
 晁蓋亡き後の梁山泊、盧俊義にも危機が...、北の将軍大刀関勝が梁山泊に出陣...、物語のうねりが大きいよ。丁寧な登場人物の内面描写と物語の大きなストーリーを見事に両立させた北方水滸伝は凄面白い読み物だ。

河治和香『侠風むすめ 〜 国芳一門浮世絵草紙』
 江戸末期に活躍した浮世絵師歌川国芳とその娘登鯉(とり)そしてふたり取り巻く人達の物語。国芳の反骨ぶりとお侠な登鯉がとても魅力的で是非続編を期待したい。

アーロン・エルキンズ『水底の骨』
 スケルトン探偵ギデオンのシリーズですね。俺がこのシリーズ読むのは3作目だけど本作は12作目だそうです。ギデオンの本職は探偵じゃなくて人類学者。つまり残された骨から謎を解くというミステリイです。腕っぷしに頼らないミステリイはどこか上品です。

川上弘美『大好きな本』
 
もうじき読了。書評集なので気になる本からつまみ食いのように読んでました。主にトイレで(笑)。川上さんほどの小説家ともなると俺の10倍は敏感なんだな感受性が。そおか、そおゆうふうに感じることもできるわけか。と感心したり、わからんなあ〜と素直に思ったり。

銀林みのる『鉄塔 武蔵野線』
 碍子連V吊男性型鉄塔、碍子連U吊女性型鉄塔、赤白巨大鉄塔、鋼管鉄塔と等辺山型鋼鉄塔、帽子を被った形の料理長型鉄塔などなど、これら数々の鉄塔が我が家の窓から一望できるんだな、と今朝知った。昨夜から銀林みのる『鉄塔 武蔵野線』を読んでいるせいだ。この地域は信濃川とその支流の中津川と清津川の囲まれていて水力発電所が多いせいで鉄塔も多い。その上アノ柏崎刈羽原発の送電線も山を越えて関東に向かっている。鉄塔は子供の頃から身近で普通なモノとしてソノ辺に立っていた。その形の差異を気にしたことはなかったけど、今朝眺めて見たら、その形が様々なのに驚いてしまった。しかもその異物感が面白い。本来田園風景とは合わないモノだろうから。鉄塔は俺のすぐそこにいるのだ(笑)。
 こんな小説初めて読んだ。鉄塔小説!(笑)。夏休みの2日間、二人の少年、5年生の美晴と3年生のアキラが鉄塔武蔵野線の81号から1号までを遡る冒険物語。ただ鉄塔を辿るだけ?と思うのは大人の見方で、少年ふたりにとっては未知なコトに対するワクワク感、親に内緒で知らない土地へ向かうドキドキ感などとても大冒険なわけです。にわか鉄塔マニアになった気分で面白かった。

北方謙三『水滸伝十三巻』
 読み始めたら一気呵成、面白いなあ。梁山泊軍本隊を率いた呼延灼、関勝、穆弘の戦いぶり、朱仝決死の奮戦など戦闘シーンはダイナミックでスリリングで当然面白い。けど今回は武松、李逵コンビが宋江の父を訪ね一緒に暮らし農耕を助ける、じつは敵から守る役目があったわけですが、このコンビの優しさと豪快な強さが際立つ一篇が、大きくうねる物語の中で程良いアクセントになっておりました。

松井今朝子『銀座開花事件帖』
 清津峡の紅葉を窓越しに眺めながら読了。主人公久保田宗八郎30歳、元幕臣次男坊、けっこう屈折した性格なれどそこが母性本能をくすぐるのか女性にもてる。明治7年、生まれたばかりの東京という時代背景と舞台としての赤煉瓦の銀座がいい。

11月******************************************

松井今朝子『果ての花火 銀座開化おもかげ草紙』
 『銀座開花事件帖』の続編です。そしてまたもや鬼退治はおあずけ。もうさっさと鬼退治しての新展開を期待したんだけどね。でもこの落ち着きのあるプチ・ミステリ風味は気に入ってます。続編待ち遠しい。

佐高信『西郷隆盛伝説』
 明治維新とは支配の紋が「葵」から「菊」に変わっただけの王政復古だったし、歴史の真実とは勝者の歴史ではなく敗者の歴史にこそあるのだ。佐高はそれを書きたかったのだと思うし、俺もまったく同感だ。佐高は山形県酒田市の生まれでそこは幕末の庄内藩。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟は賊軍で新潟も山県も敗者の大地だった。でもそれは武士の歴史であり、当時人口の八割を占めた農民の歴史とは当然違いがあるはずだ。多くの時代劇で舞台や主人公が農村や農民でないのは何故なのか考えてみるのも、ひとつの歴史観を養うのに良いことだと思う。安易に使用される日本人=武士道・サムライってのが俺はイヤなのだ。西郷隆盛が心配したのは虐げた百姓のことではなく滅び行く武士のことだったんだな。

いとうせいこう・みうらじゅん『見仏記』
 
をささっと読んでます。仏像巡りの珍道中記です。なにかとサブカルに絡めるのが可笑しいね。まったく本業がわからないふたりです(笑)。以前みうらが奥村チヨを引っぱり出したその明るいマニアぶりと手腕には驚いたし拍手喝采したね。うちの娘に言わせると「いとうせいこうとみうらじゅんはNHK教育だよ」だって。いやはやたいした御二人だ。

秦新二『文政十一年のスパイ合戦〜検証・謎のシーボルト事件』
 
ようやく読了す。緻密な検証報告です。シーボルトのスパイ行為より当時の開国をめぐる幕府の政治状況にスポットを当てた所がスリリングでした。

五十嵐貴久『1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター』
 1995年東京国立、ヒロイン美恵子は1951年生まれの44歳。そんな彼女が同年代女性4人とバンドを組んでディープ・パープルのロック・スタンダード「スモーク・オン・ザ・ウォーター」に挑むお話し。まあ軽いノリで楽しめました。

浦沢直樹『PLUTO 4』
 ロボット刑事ゲジヒトの物語が深化してる。ちょうどミュージックマガジン今月号の和久井光司の記事の中で、和久井が浦沢のことを「手塚治虫とディランでできているような男」と言ってました。浦沢の音楽好きは知っていたけどディラン・マニアだったとは!

桜庭一樹『私の男』
 禁断の愛ですか。このふたり、世界中でお互い以外は求めていない眼中にないという超わがままなんだけど、読後感は不思議に良いんです。作家の力ですね。作中に欠損家族と言う言葉が出てきました。家族の在り方と世の中の仕組みとか少し考えてみました。装画は南アフリカ生まれの女性画家MARLENE DUMASの「Couples」とあります。魅せられる絵ですね。

ジャック・プレヴェール『鳥への挨拶』
 ジブリ映画のプロデューサーとして有名な高畑勲が訳と編集、そして奈良美智の絵という贅沢なのに人懐こい詩画集です。半年かけて1篇1篇読んでいました。歌の詩として作られた(のかな?)ものが多く、親しみと共にその反骨反権力ぶりが頼もしいです。俺はそもそもこのジャック・プレヴェールって名前が好きで、初めて知った時、なんてかっこいい名前なんだ!と憧れたものだった。ジャック・プレヴェール〜ジャック・プレヴェール〜う〜んしびれる名前だ。

北方謙三『水滸伝 十四』
 満を持して官軍20万が梁山泊軍に襲いかかる。その合戦の駆け引きが面白すぎるぞ。楽しみはまだまだ続くね。

12月******************************************

山本兼一『火天の城』
 戦国時代物なれど合戦物に非ず。築城物なり(笑)。安土城築城を総棟梁岡部又右衛門とその息子を主人公として語ったものだが、その安土城と織田信長が二重写しに描かれることで新しい視点から信長を見せてくれた感じが新鮮だった。それにしても壮大奇抜な安土城!ひと目見たかったなあ。

重松清『カシオペアの丘で 上巻』
 柴田俊介は39歳で同い年の妻と小学校4年生の息子がいる。俊介は肺ガンで余命3ヶ月。故郷北海道には俊介が小4の時、3人の友達と夜空の星に胸を高鳴らせたカシオペアの丘があった...。悲しい話しは苦手だしあまり読みたくはないけど、重松清が悲しいだけの話しを書くはずがないからと読み始めた。物語にぐっと引き込まれた。下巻へ行けばきっと泣くなあ俺。
重松清『カシオペアの丘で 下巻』
 「 命の星が、いくつも夜空に輝いている。もうすぐ終わってしまう命がある。それを見送る命がある。断ち切られた命がある。さまよう命がある。悔やみ続ける命がある。思い命を背負った命がある。静かに消えた命もある。...どの命も傷つき、削られて、それでも夜空に星は光つづける。」 とありました。家族、友達、愛、葛藤。泣かされました。親しい人達と最後の時を過ごす...。1月に亡くなった俺の父親は事故で突然逝ってしまいました。だからこの物語のような最後の迎え方がすこし羨ましいと思いました。

松本大洋『竹光侍 三』
 
この絵は漫画を越えてるね。確信的な強い線。時に書家のような剛胆な筆使い。それでいて繊細な表情や仕草でも惹きつける。絵だけ見ていても充分に面白い。勿論ストーリーも良いけどね。

ベンシャーン絵、アーサー・ビナード構成・文『ここが家だ ベンシャーンの第五福竜丸』
 
本書を読み返したのは松本大洋『竹光侍』のペンの表情にベン・シャーンを思ったからです。ベン・シャーンはアメリカの画家でユダヤ系アルメニア人です。ペン画が特に好きなんですが、彼の力強い確信的なタッチは若い頃リトグラフ工房の石版工として、石の抵抗に負けず迷いもブレもなく線を彫り込む修行をしたことが生きているのだそうです。庶民の視線で社会を直視する反骨の画家でした。'54年3月、マーシャル諸島ビキニ環礁で操業中にアメリカの水爆実験により被爆した第五福竜丸23人の漁師の悲劇は人類の悲劇でもあるのだとベン・シャーンは訴えています。「原水爆の被害者は、わたしを最後にしてほしい」といって船の通信長久保山さんは亡くなりました。それなのにその後も原水爆実験が止むことはありません。

『八代目 桂文楽』
 アバラカベッソンもベケンヤも知らなかったけど、子供の頃テレビで見た覚えはある文楽さんです。上品なお爺さんてな感じでしたね。その落語を憶えていたわけじゃないです(笑)。カミさんが落語好きなのでうちには落語のCD全集がけっこうあって、この文楽さんの本もCD全集の付録。付録といっても豪華装幀本、書いてる人達がこれまた豪華。その道の偉い人達から永六輔、小沢昭一、ビートたけしといった馴染みの人達の気の利いた文章が楽しめました。CDはまだ聴いてませんが(笑)。落語「ちりとてちん」は「酢豆腐」だったんだと気付きました。そうかそうか。

森絵都『カラフル』
 森絵都読んだ順に「永遠の出口」「いつかパラソルの下で」「風に舞いあがるビニールシート」「DIVE!!」と、つまりこの「カラフル」が未読だったし文庫化されたので大喜びで読みました。変化球ながら瑞々しい感性、思春期を描かせたら巧いね。その上両親の造形も良いし。俺もこの歳になって思うけど、若かった頃は親の内面までは思いが行かなくて、ただ目の前にいる親に反発していたし、まあ何事もなければそんな親子関係は普通なんだとも思うけどね。本を読むって、なにか知らない気付かないことに目を向かせてくれるから、だから本読みは止められないやね。

垣根涼介『君たちに明日はない』
 リストラ面接官村上真介をめぐる連作短編集。続編も出ていて人気シリーズとなるのかな。いかにもTV化されそうな面白サラリーマン小説です。登場人物のキャラ立ちが良いから配役の妙もあるし。体毛剃った男がまた登場して垣根涼介は女にマメだな(笑)。File4「八方ふさがりの女」登場のディッキー先輩!名古屋トヨハツ自動車直属コンパニオン日出子さんの物語が単独続編で読みたいと思った。

藤原伊織『名残りの火』
 ハードボイルド&ミステリーは魅力的な(好き嫌いはともかく)悪役が登場しないと物語がつまらないと思っているので、その点本作はいまいちな感がありました。ただ主人公の脇にいる人達が面白いからまあいいか。作者藤原伊織は本年5月に逝ってしまい、続編が読めないことが残念です。大好きな作家打海文三も10月に逝去。合掌

茅野裕城子『ミッドナイト・クライシス』
 更年期小説なのに元気な更年期ガール小説とも言える、か?(笑)。「ミッドナイト・クライシス」は「ミッドライフ・クライシス」をもじっていて所謂中年の危機!ぎゃ〜思い当たる(笑)。いや笑えない...。本作は47歳女性トリオの物語だけど、これが50歳男性トリオだったらどうなるんだろ?とはあまり考えたくはないな。

ジェフリー・ディーヴァー『クリスマス・プレゼント』
 名手デイーヴァーのミステリ短編集。どんでん返しがじつに巧い。攻守立場がするりと逆転するスリルが読書の喜びを加速します。表題作はこの短編集唯一の書き下ろしで、しかもあの人気シリーズ、リンカーン・ライム物。スリル&サスペンス。巧さに唸りますよ。

北方謙三『水滸伝 十五』
 官軍20万を相手に負けなかった梁山泊。ここでついに高求登場。北方版では青蓮寺の影に隠れていた悪の代表高求がようやく表舞台に登場し、ここから物語のトーンが変わるのかな?

今野敏『朱夏』
 
いっき読み。面白かったあ。妻を誘拐された警察官、普段の冷静さを失う様がスリリングでちょっとユーモラス。警察小説でありながらラスト中年小説ってところでオジサンにんまり。「青春なんざ、くそくらえだよ。....青春の次には朱夏が来る。....燃えるような夏の時代だ。そして、人は白秋、つまり白い秋を迎え、やがて、玄冬で人生を終える。....もっとも充実するのは夏の時代だ。そして、秋には秋の枯れた味わいがある。....」こんな台詞が登場いたしまて、そうかそうか、おじさんは今、真夏なのか(笑)。

小池真理子『望みは何と訊かれたら』
 本書の初めに英詩の一節があり、唄ったマレーネ・ディートリッヒとシャーロット・ランプリングの名前、そして映画『The Night Porter』が記されていた。映画は邦題『愛の嵐』でレザー・ディスクで持っているけど、でも内容もその歌も忘れてしまったので、ちょっとネットで調べてみたらこの詩の訳が載っていた。切なく素敵なので引用します。(匿名でした)

  『望みは何と訊かれたら』の一節
   望みは何と訊かれたら 小さな幸せとでも言っておくわ
    だって幸せすぎたら 悲しい昔が恋しくなってしまうから

 この小説は以前読んだ『恋』『無伴奏』に連なる作品です。小池さん自らの青春とも重なる時代'70年代前半とそれを回想する現在が舞台。学生運動、過激派、闘争、愛と退廃を絡め、あの時代に生きたひとりの女性を描きます。どうしてもこれを書きたかった小池さんの熱さに圧倒される思いです。ヴァニラ・ファッジの「キープ・ミー・ハンギング・オン」が " 俺を解き放ってくれ!" と歌い、それを聴きながら男と女は二人だけで繭の中に籠もる。ほんとに欲しいものは何?と訊かれたら....。

 ふりかえって

 2006年に目標だった年間100冊読書を達成してみたので、2007年は気楽に冊数に拘らずに行こうと読書を重ねた結果がジャスト100冊。習慣読書それともすでに活字中毒症か(笑)。
 印象に残った本は、先ず2冊の村上翻訳本
『ロング・グッドバイ』『グレート・ギャッツビー』。特にチャンドラーは、えっこんな物語だったの?で新鮮でした。あとは、清々しかった『スコーレNo.4』。泣かせてくれた中年の星『カシオペアの丘で』。ホーム・ドラマの楽しさどっさりの『シー・ラブズ・ユー』。愛おしさと哀しさ、凛とした官能小説『花宵道中』。逆転のスリル、巧さに唸るミステリ『クリスマス・プレゼント』『ブンブン堂のグレちゃん』はホノボノ大賞。「女」と「男」と「熊」がダイナミックに絡む『邂逅の森』。'07年で一番読んでおいて良かったと思わせた本はカズオ・イシグロの『わたしを離さないで Never Let Me Go』。この物語の切実さに寄り添うことはとても大切なことで、忘れてはいけない物語がここにあるように思いました。
 そして最後にもう一度、
祝!『20世紀少年〜21世紀少年』完結
  〜 読者のみなさんと駆け抜けた 科学で冒険の日々は 永遠に....浦沢直樹。
    ぱちぱちぱちぱち......拍手拍手。

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2006年に読んだ本