●2009●

 11月29-30日 曇り/雨/曇り  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

 そして船戸与一『事変の夜〜満州国演義2』読了。第二巻は満州事変から満州国建国前夜まで。作者はあとがきで、「小説は歴史の奴隷ではないが、歴史もまた小説の玩具ではない。...小説のダイナミズムを求めるために歴史的事実を無視したり歪めたりしたことは避けてきたつもりである。」と述べていまる。北方謙三の『楊令伝』もそうだが、歴史的事実と物語的躍動感をどのように折り合わせ発展させるかは小説家の腕にかかっているわけで、その点北方も船戸も流石の剛腕ぶりを発揮している。『事変の夜』、軍も国民も熱狂して戦争へとひた走る、これを今見てきたかのように小説として描く、その臨場感が凄い、そしてそのマス・ヒステリアというものの怖さに身震いする。
カーネーション『Velvet Velvet』
 いいなあこれは。ぶっとい抒情に貫かれた男臭いロック・アルバムだ。ドラマーの矢部浩志が脱退し直江政広と太田譲の2人組となったカーネーションの新作には、なにか吹っ切れたような爽快感がある。矢部はヘルニアの悪化によりドラムを叩くのが辛くなっての脱退らしいが、ドラム打ち込みにより完成させたソロ・プロジェクト『ミューズメント』が素晴らしい出来だったので、彼なりの新しい方向性を見つけたってことなのかな。直江とひと味違ったメロディーメイカーであった矢部がいなくなったのは淋しいけど、お互いが良いアルバムを作り出したってことで、カーネーション・ファンとしては嬉しいことだよね。つづく


 11月27-28日 雨/曇り  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

 船戸与一『風の払暁〜満州国演義1』読了。重量感溢れるシリーズ物に手を出してしまった。日本人を外地に放り込んでの活劇物で多くの名作をものにした船戸だから、昭和初期の謀略渦巻く満州は舞台としてはうってつけ、しかし全何巻になるのか心配(笑)。昭和3年、高名な建築家を父に持つ4人の兄弟がいる。長男太郎は満州の奉天総領事館参事官、東京帝大法学部卒業のエリート官僚だ。次男次郎は満州で緑林馬賊の首領となっている。三男三郎は陸軍士官学校を出て関東軍将校に、そして末っ子四男四郎は早稲田の学生で左翼系劇団に属している。この4兄弟にべったり絡むのが謎の怪人間垣徳三、関東軍特務機関の悪い奴だ。ワル役の出来の善し悪しが、活劇物の深みや闇の濃さを決定づける要素だと思っているので、この間垣の底知れない悪ぶりはなかなかいい。絶対に関わり合いになりたくない奴だけど、昭和初期の満州には、こんな輩が跳梁跋扈していたらしい。では第二巻へ向かいます。
はちみつぱい『Live Box 1972-1974 The Final Tapes』vol.8-9
 はちみつぱいライヴ9枚組BOXのラスト2枚です。ほぼひと月このBOXに聴き浸ってたんだな。vol.8は'74年11月の解散コンサートの模様。「ぼくの倖せ」を改作した「君と旅行鞄」がロマンチック!後にライダーズのナンバーとなる「紡ぎ歌」も作者かしぶち哲郎の歌で登場している。どの楽曲も手慣れていて完成度が高い。もう彼等にとってのはちみつぱいはこれが完成型でありジ・エンドってことかな。それでvol.8ですが、解散後の'75年1月、シュガーベイブ2ndコンサートに" 細野晴臣、鈴木慶一とそのグループ " として出演した時のもの。そのグループのメンバーは徳武弘文、鈴木博文、島村英二、武川雅寛、岡田徹、つまりライダーズとラスト・ショーの混成チームで、これが'76年リリース『火の玉ボーイ』のレコーディング・メンバーとなるわけですね。コンサートでは細野が自作「福は内鬼は外」を歌い、そしてゲストに大瀧詠一が登場し、慶一と一緒に「春よ来い」を歌う、これはなかなか感動的だ。
 今でこそ、細野晴臣も大瀧詠一も有名な存在となっているけど、この'75年当時の彼等は日本の極々音楽好きな若者にしか知られていなかった。はっぴいえんどもはちみつぱいもまったく売れてないバンドだった。それでも極々音楽好きのロック・ファンは彼等への期待に胸を膨らませ、それがムーンライダーズや「ロングバケーション」やYMOとして結実する。このBOX、はちみつぱいの1972年から1974年は日本ロックの青春群像として感動的だった。ああ〜サアカスが飛ぶよ〜 ああ〜蝙蝠が飛ぶよ〜 さあ煙草に火を点けて〜何処へ〜 何処へ〜行こう 空はまだ群青色の朝 外はそぼ降る鈍色の雨 窓にこびりついた残り顔流し 牛乳瓶に注ぎ込む朝よ 塀の上で 塀の上で ぼくは雨に流れて見てただけさ.........


 11月24-25日 雨/曇り  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

 もう山の麓でも紅葉が終わり淋しい山景色だ。みんなの感心は雪がいつ頃から降り積もるか、どの程度の降雪となるかだ。段ボール、空瓶、燃える粗大ゴミを町の処理場へ出しに行った。3往復。雪降り前は忙しいぜ。
はちみつぱい『Live Box 1972-1974 The Final Tapes』vol.7
 '74年9月の池袋シアター・グリーンのホーボーズ・コンサートから。ずっと昔二十歳の頃かな、ホーボーズ・コンサートの何枚組かのLPを聴いたことがあって、当時のベルウッド系のミュージシャンがたくさん出ていたコンサートなんだけど、このはちみつぱいは初めて聴く音源だと思う。はちみつぱいのライヴ音盤も7枚目ともなると、ちょっと耳タコものだけど(笑)、だんだんそのサウンドが初期のムーンライダーズに近づいてきているのがわかって 面白い。すでにプレ・ライダーズ期って感じだね。『火の玉ボーイ』の「スカンピン」がちょっと歌われたり、「髭とルージュとバルコニー」のイントロのピアノ・パートが出てきたり。岡田徹作曲の「ウェディング・ソング」そしてぱいの定番曲となっている「酔いどれダンス・ミュージック」も『火の玉ボーイ』収録曲となるわけだし。


 11月21-22日 雨/晴れ  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

 佐伯啓思『自由と民主主義をもうやめる』読了。刺激的なタイトルに釣られて読んでみた。まあアメリカ的な自由主義・民主主義を一方的に受け入れてきた日本っていかがなものか?という論旨だな。保守vs革新を政治的にしか感じてこなかったけど、思想的というか心の持ち方で考えると、本書で引用されているイギリスの思想家オークショットの言う「保守的であるとは、見知らぬものより慣れ親しんだものを好むことであり、試みられたことのないものよりも試みられたものを、神秘よりも事実を、可能なものよりも現実のものを、無制限のものより限度あるものを、遠いものよりも近くにあるものを、あり余るものよりも足りるだけのものを、完璧なものよりも重宝なものを、理想郷における至福よりも現在の笑いを、好むことである」という保守主義的心持ちには肯けるものも多い。
 雨が上がり一日好天だったので、立木の冬囲いを終えることができた。あとは家の冬囲いだな。
NIRVANA『LIVE AT READING』
 '92年8月英国レディング・フェスティヴァルのライヴだ。CD+DVDカップリング盤で、映像を見たくて買ったんだけど先ずはCDから。カート・コバーンが逝ってからもう15年も経ったなんてびっくりだ。ついこの間かと思っていた。それくらいニルヴァーナの影響力が強大で、今に至るまで似たサウンドのバンドをずっと聴かされ続けて来たせいかもしれない。友人の娘さんがスリー・ピースのロック・バンドをやっていて、なにかのコンテストに出場するから聴いてくれと言われ聴いてみたら、そのオリジナル曲には見事にニルヴァーナのスタイルが生きていた。幾度かのフジ・ロックでも多く耳にしたのがニルヴァーナ的ロック。まあニルヴァーナだけじゃなくてグランジ・オルタナティヴなロックが流行っていたこともあったけど、ニルヴァーナはその象徴だったからね。フェンダーのジャガーやジャズマスターといったマイナーだったギターが急に売れ始めたのもニルヴァーナ以降の現象。ソニック・ユースやダイナソーJrなどそのてのギターを弾いてた先輩はいたけど、カート・コバーンというカリスマな存在が、ギター・キッズをジャガーやジャズマスターへと走らせたんだよね。エレキを掻き鳴らす、憂愁から激情へ、撃音によるカタルシス。


 11月19-20日 雨/曇り  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

 雨が降ると空が暗いし気温も下がるし、とたんに冬がもうすぐそこって気付かされる。気付きたくないなあ。まだ冬の用意ができてないしなあ。
はちみつぱい『Live Box 1972-1974 The Final Tapes』vol.6
 74年8月の郡山ワンステップ・フェスティバルからの収録だ。74年頃ってフォーク・ブームの真っ直中で翌年にはその象徴となった拓郎とかぐや姫の嬬恋があった。そんな中相変わらずマイナーな存在だった日本のロック。そんな当時、よくもこんなロック・フェスがそれも東北の地方都市郡山で開かれたのだから驚く。5日間に渡って開催され、その出演バンドは沢田研二&井上堯之バンド、加藤和彦&サディスティックミカバンド、キャロル、ダウンタウン・ブギウギ・バンド、かまやつひろし&オレンジ、内田裕也&1815ロックンロールバンド、サンハウス、シュガー・ベイヴ、センチメンタル・シティ・ロマンス、外道、四人囃子、デイブ平尾&ゴールデンカップス、上田正樹&サウス・トゥ・サウス、ウエストロード・ブルース・バンド、クリエイション、つのだひろ&スペースバンド...など当時の有名バンド(マイナーなシーンだけど)大集合となり、そこにはちみつぱいも登場したわけだ。そうそう海外からはオノ・ヨーコ、クリス・クリストファーソン&リタ・クーリッジが参加してた。ここでのはちみつぱいは、野外フェスを意識してか得意なインスト・パートを拡大、後のフュージョンの先駆けなるような演奏を披露している。ここでも「酔いどれダンス・ミュージック」「大道芸人」「煙草路地」をメドレーでやっていて、手慣れた演奏は快調そのもの。あらためて腕達者が集まったバンドだったと思う。そのメンバーは鈴木慶一、本多信介、和田博巳、武川雅寛、かしぶち哲郎、駒沢裕城、岡田徹。アンコールもらって歌うのは「大寒町」だ。今に歌い継がれている名曲だよね。


 11月17日 雨  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

 ウィリアム・サロイヤン『人間喜劇』読了。大好きな作家サローヤン(ここではサロイヤン)の愛すべき作品だ。ボビー・チャールズのあの It's All Small Town Talk〜♪を口ずさみたくなるような物語。架空の町イサカで暮らすマコーレイ家、母は未亡人であり長男は出征中、長女のベスがいて次男ホーマーと末っ子ユリシーズがいる。14歳のホーマーは年齢を偽って(大目に見て貰い)電報配達人として働き貧しい一家を支える気概を持つ。幼児ユリシーズは好奇心旺盛で行動力も旺盛、周囲はハラハラと見守ってる。物語はホーマーとユリシーズを中心に周りの人達との関わりを小さなエピソードを繋ぎ合わせて、小さな町に暮らす人々の暮らしぶりを伝える。明るいホームドラマではないけど、見上げた先の空の雲間から陽が差し始めるような、そんなほのかな温かさがある。原題は『The Human Comedy』だ。これがヒューマン・コメディーだって?... なんてたくましい物語なんだ!。
はちみつぱい『Live Box 1972-1974 The Final Tapes』vol.5
 74年6月のこの時点ではちみつぱいのサウンドは、英米ロックへの素直な憧れから脱却して、独自な消化の仕方から日本臭いロックを確立したように思う。この趣味性の高いサウンドはムーンラーダーズの2〜3作目まで続くことになる。つまりニューウェイヴ期突入前まで。こうした録音がもっと早く登場していれば、彼等がけしてはっぴいえんどの後継バンドではなく、併走するバンドだったということがわかったと思う。


 11月15-16日 晴れ/曇り  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

 昨夜は近所の男達と熊汁パーティーだった。巌君の奥さんが時間を掛けて煮てくれた熊肉がとても旨かった。そこへまた近所の茸採り名人不二男さんが茸汁を持って登場、思わぬ熊汁と茸汁の饗宴となり我等ウハウハ喜びの夜となったのであった。
はちみつぱい『Live Box 1972-1974 The Final Tapes』vol.5
 相変わらずはちみつぱいお宝BOX。74年6月代々木のライブ・ハウス「いちごの目ざまし時計」におけるライブ。「髭とルージュとバルコニー」そっくりなイントロで始まる「大道芸人」はフェアポート・コンヴェンションのようなジグのリズムが顔を出したりブルー・グラスのフィドル・チューンが出てきたりで賑やか。演奏することが楽しくてしょうがない感じが伝わってくる。「大道芸人」〜「酔いどれダンス・ミュージック」〜「煙草路地」と繋がる活気溢れる流れに、充実したバンドの状態が伺える。つづく


 11月13日 晴れ/曇り  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

 森繁久弥さんで想い出すのは『屋根の上のバイオリン弾き』のテヴィエ役。劇中テヴィエが娘の結婚式で歌う「サンライズ・サンセット」。♪いつもおんぶして〜た かわいい小さな子〜...これが感動的で、そうだ俺も娘ができたらその結婚式にはこの歌を歌おうとか思ったものだ。しかしじっさい一人娘の父親になった今、娘の結婚式でこんな♪いつもおんぶして〜た...なんて絶対に歌えないよな。泣けて泣けて歌えるわけがない、というか結婚式をボイコットしたり(笑)。ともあれ偉大な芸人森繁さんのご冥福を祈り合掌。
 昨日の新潟日報にトノサマガエルが絶滅危惧種という記事がありビックリ。だけどたしかに見てないよなあトノサマガエル。トノサマガエルに限らず子供の頃に家の周りにいた昆虫たちもほとんど目にすることがなくなった。今年は赤とんぼも見ることがなかったし。俺サマたち人間のせいで他の生き物たちが絶滅危惧種となってしまったことはたしかなんだよな。
はちみつぱい『Live Box 1972-1974 The Final Tapes』vol.4
 ライ・クーダーとニック・ロウのライブが終わりホールを出て東急本店前にさしかかったら、そこに真っ白いアタマの鈴木慶一が立っていた。一緒にいる女性は一月前の京浜ロックフェスで一緒にいるとこを見かけたあのひとかな。そして今日は、36年前の鈴木慶一の歌声をはちみつぱいの中で聴いてるわけさ。1973年の彼はライ・クーダーもニック・ロウのブリンズリー・シュウォーツも好きだったと思うよ。当時の日本のロック・バンドはオリジナリティーを追求しながらも米英ロックの新しい動きに敏感だったから。この'73年12月渋谷ジャンジャンのはちみつぱい、「サイケデリック・タイムス」ではオールマンの" マウンテン・ジャム " ような雰囲気が聴かれるし、「酔いどれダンス・ミュージック」ではファンクにスライドでリトル・フィート風だし、ゲストの南佳孝が歌う「勝手にしやがれ」のバック演奏はソウルっぽくダニー・ハザウェイ風な感じ、とこのように当時の先端の音楽状況に見事に反応してみせている。今で言うジャム・バンド的な演奏が得意なバンドだったってことを、俺はこのBOXを聴くまで知らなかったし、その演奏水準の高さが嬉しいよね。


 11月9〜10+11日(加筆) 晴れ/曇り/雨  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

RY COODER & NICK LOWE LIVE !!!
 11月9日 渋谷Bunkamura オーチャードホール
 米国のルーツ・ロック・マスターにしてスライド・ギター・キングのライ・クーダーと英国ロックの良心にしてパブ・ロック・マスターのニック・ロウが仲良くバディーを組んで日本まで来てくれた。集まったお客さんの年齢層は高く、おそらく70年代にロックな青春を送ったおじさん達おばさん達だ。ロックの深みを円やかに体現するライ&ニックそしてロックを深く愛した観客によって、この夜のオーチャードホールはみんなが幸せになれた温かい空間となった。

 ライ・クーダーのライブは'78年の初来日公演へ行って以来、お〜もうそんなに経ったのか。あの時はD-45をメインの弾き語りだったな。渋い職人技を見せつけられたのを想い出す。ニック・ロウは2003年のフジロックでこれも弾き語りを見ていたけどね。とにかくふたり共すでに60代、いったいどんな演奏を聴かせどんな姿を見せてくれるのか、始まるまで一抹の不安があった。スーパースター、クラプトンみたいな、どこから切っても金太郎飴のようなある意味超マンネリなライブ(ファンだから嫌いじゃないんだけど)でウケるほどヒット曲もないしなあ、などと...。

 そんな心配も最初の音が出た時から払拭された。先ず嬉しかったのがニック・ロウのかっこよさ!ベースを弾く姿がこんなにサマになるお人とは知らなんだよ(笑)。しかもプレイの安定感もたいしたもので、思えばニックさんてかつてはあのパブ・ロックの雄ブリンズリー・シュウォーツのベーシストだったんだから上手いのも当たり前。その上ヴォーカルに男の色気があってまた格別。曲作りに才人ぶりを発揮してきたニックさんならではの素晴らしい曲の数々も聴けたしね。いやあ〜ニック・ロウにはまいったねえ。

 そして俺の心の師匠ライ・クーダー、もちろん素晴らしい!凄い!面白い!。かっこの良さはニックだけど(笑)。とにかくそのギター・プレイはスライドもフィンガー・プレイも絶品だった。たまにヨレたりしたのは御大のご愛敬だよね(笑)。フレーズも凄いけど、そのサウンドに掛ける執念がハンパじゃない。ニュアンス豊かなピッキングから流れ出るギターのトーンに圧倒された。太く、艶やかに、時にダーティーに吠え、チャーミングに踊ってみせるギター・プレイができるのはライ・クーダーしかいないだろう。もう感激しっぱなしだったよ。曲目はライとニックが交互に歌いコーラスを付ける感じで進行、ライの歌では「Little Sister」「Across The Borderline」なんかが特に印象に残った。

 使用ギターはエレキが中心で、先ずは雑誌やライのアルバムの写真で見知っていたピックガードとヘッドが豹柄のフェンダー・ストラトキャスター。ピックアップにテスコとヴァルコのラップスティール用が付いたやつで、これがボトルネックのメイン・ギター。そしてこれも写真で知っていたフェンダー・カスタムショプ・バホセスト・テレキャスター。所謂バリトン・ギターですね。「Jesus On The Mainline」はこれを指弾きだったかな。あと日本が誇るグヤトーンのLG200Tでこれは主に指弾きでラウンジーなムードに最高な音色でした。「Vigelante Man」を奏でたのはなんと40年代頃のリッケンバッカー・ラップスティール。それを膝上でなくギターのように抱えて演奏。ぶっとく深くダーティーに響く音色と絶妙なスライド演奏で土肝を抜かれた。アコギは1曲だけMartin-OO18みたいなのをメキシカンな感じで弾いてたね。

 バックでドラムを叩くのは息子のヨアヒム・クーダー。重心の低い見事なドラムだった。ライのシンコペートする独特なリズム・ニュアンスを的確に叩きだしてるあたりは、さすがライの息子だなあ。バック・コーラスの二人はヨアヒムの奥さんジュリエット・コマジュアとアレクサンドラ・リリー。
 その彼女達にヨアヒムそしてあとベースとギターの5人組みがオープニング・アクトで登場したジュリエット・コマジュア・バンド。ライのファミリー・バンドとしてツアーに同行してるのだろうが、これがなかなか良いバンドで、アルバムが出たら是非聴いてみたい。

 この夜のライ・クーダーとニック・ロウのライブ、近年のロック・コンサートのようなオール・スタンディングで全員揃って両手をうち振るようなものではなく、ゆったり腰掛けて音楽を堪能できるライブだった。観客の拍手はとても温かく、そしてラストの曲が終わるやいなや多くの観客によるスタンディングオベーションがライとニックに捧げられた。


 11月6-7日 晴れ  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

 平安寿子『さよならの扉』読了。夫を亡くした妻(48)が夫の愛人(45)に「友達になりましょ、仲良くしましょ」と言い寄る小説。この妻仁恵の脳天気ぶりがじつに怖いくて、いったいどうゆうオチにもっていくのか気を揉みながら読んだ。ふたりは旅行先のボストンで、櫻の木の下で肩を寄せ合い記念写真を撮る。夫を亡くした妻と父を亡くした愛人はそれぞれ亡き人を思う。ん..だけどなあ..この妻、よくわからん。
 お隣さんが庭木の冬囲いを始めたので、こっちも気が急かされる。先ずは店舗エアコンの室外機を囲って、そして月桂樹の囲いも終えた。今日中に椿も囲っちまおう。
はちみつぱい『Live Box 1972-1974 The Final Tapes』vol.3
 3枚目は'73年12月のシュガーベイブ1stコンサートと'74年にラジオの公開番組に出演した時のもの。シュガーベイブのコンサートには山本コウタロウ&少年探偵団も出演していて、「煙草路地」と「オレンジ・ブロッサム・スペシャル」をぱいと共演している。和田、かしぶち、岡田は当時少年探偵団のメンバーでもあったので当然ぱいとは親密で、上記2曲は共通のレパートリーだったようだ。そして少年探偵団のギターはもちろんDr.K。'76年作『火の玉ボーイ』の「髭とルージュとバルコニー」で見事なカントリー・リックを聴かせるあの徳武弘文ですよね。このライブでは新しいレパートリーが演奏されていて「薬屋さん」は鈴木慶一が歌い、「釣り糸」は作者かしぶち哲郎が、そして「大寒町」を武川雅寛が歌っている。リード・ヴォーカルが3人なんてザ・バンドみたいだ。岡田徹が参加したことでピアノとオルガンなどダブル・キーボードが可能になったアンサンブルもザ・バンドを彷彿させる。鈴木博文が十代で作った名曲「大寒町」ってザ・バンドの「ロンサム・スージー」を意識してると思うな。


 11月4-5日 曇り/晴れ/曇り  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

 3日の夕方から4日の夕方まで丸一日インターネットが不通だった。恥ずかしながらけっこうストレスを感じた。どっぷり浸かっちゃってるなあインターネット。
はちみつぱい『Live Box 1972-1974 The Final Tapes』vol.2
 お次の2枚目は'72年12月仙台と'73年4月仙台そして同年TV神奈川のヤングインパルスよりの音源で、メンバーは鈴木慶一、本多信介、和田博巳、武川雅寛、かしぶち哲郎、駒沢裕城、岡田徹。レパートリーは「こうもりの飛ぶ頃」「塀の上で」「煙草路地」「ぼくの倖せ」「土手の向こうに」「月夜のドライブ」「酔いどれダンスミュージック」。バンドの状態がいいようで驚くほど活きの良い演奏を聴かせている。『火の玉ボーイ』でもやっていた「酔いどれダンスミュージック」、すでに同じようなアレンジの演奏で独特なプログレ・センスが発揮されていて、改めて彼等の音楽性の高さ脱帽。ただしこのヴァージョンは録音がかなりひどい。ライブのレア音源集だからしかたないか。


 11月3日 みぞれ/曇り/晴れ  体調・普通  アマゾン.com 自粛中!

 いちおう初雪なのか、それともただのみぞれなのか?判断のつきかねる空模様だ。さすがに寒くなってきたので、ついにコタツが登場で、あとは冬へまっしぐらかな。
 北方謙三『楊令伝 十一』読了。北宋が金に滅ぼされ南宋が興りつつある時代、西遼を興した耶律大石、南宋の将軍である岳飛と韓世忠と張俊、そして文官の秦檜といった歴史上の実在の人物、これら史実の真っ直中に楊令の国梁山泊がある。史実と物語がどのように絡み合って行くのか、この先の展開が楽しみだ。
はちみつぱい『Live Box 1972-1974 The Final Tapes』vol.1
 よくぞこんなレアなブツを出してくれたもんだ。しかも9枚組だ。'71年から'74年の活動期間でたった1枚のアルバムしか残さなかったバンドのライヴ記録が今ごろこんなに出てくるなんて感激だな。今日聴いてる1枚目は'72年1月東京草月会館と同年9月の札幌大谷会館での音源で、メンバーは鈴木慶一、本多信介、和田博巳、武川雅寛、かしぶち哲郎、渡辺勝。この年の8月に渡辺勝は抜けたので札幌にはいない。当時のレパートリーは「こうもりの飛ぶ頃」「塀の上で」「煙草路地」「ぼくの倖せ」「土手の向こうに」の5曲で、これが全レパートリーだったらしい。チューニングから自然にイントロとなり曲に入っていく「こうもりの飛ぶ頃」はいつも10分以上の演奏となっていて、そのサイケな感じというかグレートフルデッドな感じがかっこいい。


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ロスタイムにご用心  酔んぐしなくちゃ意味ないね While My Guitar Gently Weeps